魚香茄子

  魚は使わない
       魚香料理・・

ナ ス

  若いころから悪玉コレステロール値が高く、かかりつけのお医者さまからその “値” を上げるような食物は控えるようにしなさい言われた。そのあまり食べないようにしなさいと言われた食物がまた、私の好物ばかりなのだが、できる限り仰せに従って節制をした。しかし、何分自堕落な性格ゆえ言いつけを時々忘れるどころでなく、気がつけば言いつけを全く無視しているような食生活になっていて、問題の “値” は下がらない。それで最近はお薬をいただいて飲んでいるが、かえってそれが油断のもととなり、ますます食生活の節制がおろそかになっている。

   先日、中国西部ネットを見ていたら「8種の紫色の野菜は健康に良い、老化を遅らせる」という記事が目に飛び込んで来た。

   なす その有難い野菜の一つはナスである。

  ナスはコレステロールを下げ、血管の柔軟性を増し、血圧を下げるという。

  食するという点から言えば、ナスは煮てよし、焼いてよし、油で調理してよし、漬物にしてよし、実に重宝ないい野菜で、しかも私の大好物である。

  夏野菜の代表だが、最近はスーパーに行けばいつでも売っている。だからしょっちゅう食べている。


魚香茄子

  西安で働いていたころ、会社の近くに大衆食堂が軒を連ねている通りがあって、昼はいつもその通りに出かけてご飯を食べた。いろいろなお店、いろいろな料理があり楽しみだったが、とくに茄子の料理がおいしい店があって贔屓にしてよく行った。

  小巷 ナス料理の中でも私が特別すきなのは、「魚香茄子」(ユイシャンチエズ)である。

  どんな料理かを簡単に紹介すると、長ネギ、ショウガ、ニンニクのみじん切りと泡辣椒を炒めて油に香りと辛みをつけたあと、そこに棒状に切って油通ししたナスを入れて炒める。ナスにニンニクなどの香りと辣椒の辛みがついたら、醤油、酒、酢、塩、砂糖、水を混ぜて作った味付け用の合わせ調味料を入れて煮て、ネギの小口切りを散らして出来上がりである。

  泡辣椒(パオラージャオ)とは、トウガラシの漬物、中国風トウガラシのピクルスである。

  魚香茄子の本場の四川では、辛み付けには、二荊条辣椒を塩漬けして発酵させた酸味があって辛い泡辣椒を使うが、西安など四川以外の地域では、豆板醬を使うところが多い。私の行きつけの店は、店の親父さんが四川の人で泡辣椒にこだわっていた。

  とにかくご飯にもお酒にも相性のいい料理である。


魚香とは

  中国料理の中に魚香茄子以外にも、「魚香肉絲」、「魚香豆腐」、「魚香溜鶏塊」など、「魚香」が頭につく料理がある。先に言ったようにもともとは四川料理である。

  魚香茄子写真 字面だけみると魚が入った料理のように見えるが、お魚は全く入っていないし、関係ない。

  魚香茄子で紹介した通り、材料にも調味料にも魚は入らないし、魚醤などお魚関係の調味料も入らない。

  ではなぜ「魚香」というのかということについては、古くから伝わる故事がある。

  四川のあるお家では、家のものみんなが“魚大好き”でよく魚料理を食べた。煮魚料理にはネギ、ショウガ、ニンニク、辣椒に酒、酢、醤油等で調味料を作って入れ、魚の生臭さを消すとともに、料理に旨さを加えた。
  ある時、煮魚料理の調味料が残った。捨てるのはもったいないので、奥さんは翌日これを使って魚料理ではない料理に作った。ご主人が仕事からおなかをすかせて帰って来て、家に入るなり、家のものがご飯の支度をするのも待たずに、すでに作ってテーブルの上に置いてあったこの料理を食べた。そして奥さんに向かって、この料理は何を使って作ったのかと聞いた。奥さんはそれを聞いて、残り物の調味料で作ったという負い目があるので、しどろもどろになっていたところ、ご主人は意外にも、「すごくおいしい」と絶賛した。奥さんが呆気に取られているとご主人はまた、「何を使って作ったのか」と聞くので、奥さんは煮魚料理の残った調味料を使ったと正直に話した。以後、ご主人の絶賛されたこの調味料は、いろいろな料理に使われるようになり、もともとは魚料理の味付けに使ったものだから、この調味料を使った料理には、頭に「魚香」をつけるようになったという。


麻婆茄子

  私は食い意地が張っていて、中華料理もよく食べには行くけれど、食通を名乗る皆さんほどあちらこちら美食を求めて歩く方ではないので偉そうに言えないないが、日本の中華料理店で魚香茄子を出している店はまだ知らない。

  ただ似たような料理がある。一般にいう「麻婆茄子」がそれである。材料や調味料や味付け、仕上がりの姿がよく似ている。

  ところでその麻婆茄子だが、中国にはそういう名前の料理はない。因みに「麻婆春雨という名の料理も中国にはない。

  マーイシャンスー 麻婆春雨のように、ハルサメとひき肉を材料にし、豆板醤などの調味料を使って作る“炒めて煮込む”料理を、中国では「螞蟻上樹」(マーイシャンスー)、日本語で言えば「蟻の木登り」という。ひき肉をアリに見立て、ハルサメを樹に見立てての命名だろう。

  なかなかしゃれた命名である。

  その点日本の命名はお粗末である。

  麻婆春雨も、麻婆茄子も、麻婆豆腐に作り方が似ているから麻婆という冠のついた名前にした、ということもあるのだろうが、本当のところはよく知られている麻婆豆腐に寄りかかって、そのご威光を借りて、世間の関心を引こうという思惑がみえみえの名前である。

  その寄らば大樹の陰という魂胆が私は大嫌いで、だから中華料理屋に行っても麻婆茄子や麻婆春雨は頼まない。

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北朝鮮問題

  アメリカ頼み
     中国 頼み

安堵状

  3月6日、北朝鮮は平安北道東倉里から日本海に向けてミサイルを4発発射、内3発は日本のEZZに落ちたという。北朝鮮政府はまた、このミサイル発射は日本の米軍基地を攻撃することを任務とする部隊が行ったものと発表した。

  北朝鮮ミサイル 安倍首相は「北朝鮮による挑発は新たな段階に入った」と言い、急いでアメリカのトランプ大統領に電話したようだ。

  先に訪米してトランプ大統領と会った際、安倍さんは尖閣で何かあったら助けとトランプさんに助けを求め、いい返事をもらったと大喜びしていた。今度は北朝鮮がミサイルを発射したということで、またトランプさんに大急ぎで電話して「助けて」と言ったようだ。トランプさんが日本を守ってやるよと答えてくれたようで、得意げに記者会見していた。とにかく、アメリカ発行の「領地安堵状」がなければ国も守れないらしい。情けないことである。


武力対抗

  一昨日、マレーシア当局は、クワラルンプール空港で北朝鮮の工作員に暗殺されたのは金正男氏だと、正式に発表した。

  北朝鮮は、白昼、大勢の人の中で、国家元首の肉親を殺すなどというとんでもないことをする国である。日本中の人が何をやるかわからない国という不安を感じているだろうと思う。

  まともな理屈が通らない国、しかもとくに今回のミサイル発射については「在日米軍基地攻撃部隊」が行ったものと言い、日本に駐留する米軍を攻撃目標にしていることを始めて明言したということもあって、また、マスコミに出て来る有識者のみなさんも武力反攻の準備が必要という口ぶりで危機感を煽っていらっしゃることもあり、、そういう国を抑えるためには武力しかない、という思いを持たれる人が多いだろうというのは想像がつく。

  しかし武力で抑えようとすると武力で反撃してくるだろう。武力衝突すれば打撃を受けるのは北朝鮮ばかりではない。日本も韓国も大きな被害が出る。


中国がカギなのか

  それにもう一つよく言われることがある。

  トランプ大統領は北朝鮮問題のカギは中国が握っている。中国はもっと北朝鮮に対する制裁を強め、説得を強めよと要求している。日本のマスコミもこれに歩調を合わせ盛んに中国の責任を言っている。

  これも少々おかしな論法である。

  3月8日、現在行われている中国全人代の記者会見で、中国の王毅外相は、ロイター記者の「朝鮮半島の緊張が高まっているが、中国は戦争が起こると思っているか。戦争を回避するにはどうすべきだと思うか」という質問に、次のように答えている。

  王毅外相 「朝鮮半島の緊張は新しい段階に入っている。北朝鮮は国際社会の反対を顧みず、国連安保理の決議にも違反して、ミサイル開発に固執している。一方、アメリカと韓国は朝鮮半島で大規模な軍事演習を行い、北朝鮮に引き続き軍事圧力をかけている。ふたつの列車がスピードを緩めず、譲らず、正面衝突しようとしているような状況である。当面の急務は双方が赤信号をつけ、同時にブレーキを掛けることである。
  中国は朝鮮半島の危機に対し、まず第一歩として北朝鮮の核、ミサイル開発の暫時停止、米韓の大規模軍事演習の暫時停止という双方暫停により、目前の“苦境”から抜け出し、双方が話し合いのテーブルに戻ることを提案する。
  朝鮮半島核問題の解決は、ひとつの方法だけではできない。ふたつの方法が必要。制裁の実行と、同時に話し合いの実施。
朝鮮半島の核問題の主要な当事者はアメリカと北朝鮮である。中国は今まで米朝対話の斡旋をして来た。今後も我々はポイント切り替えの役をする。武力によっては出口はない」


美朝矛盾(米朝の問題)

  王毅外相は一つは「お互いに軍事挑発をやめるべきだ」と言い、もうひとつは問題解決の重要なカギを握っているのはアメリカだと言っている。

 すなわち 「北朝鮮の核問題については基本的には米朝二国の問題だ」と言う。

  2月21日の中国外交部の定例記者会見でも、耿爽報道官は、記者から「アメリカのマスコミの報道によると、米朝双方は北朝鮮高級代表と前アメリカ政府官員の会見を準備しているが、北朝鮮のミサイル発射によって会談は不確定性が増したと言われている。中国はどう考えているか」と聞かれ、「北朝鮮の核問題の根源は米朝二国の問題であり、北朝鮮とアメリカが対話を強め、相互理解を深め、対話協議によって問題解決を探すべきであろう。我々はそれに協力する」と言っている。

  基本的には中国のこの姿勢は正しいと思う。

  北朝鮮の要求はアメリカとの直接交渉による安全保障である。アメリカがその話し合いに応じない限り、挑発を続けるだろう。まして、韓国と一緒になって北朝鮮の鼻先で挑発的な大軍事演習をする限り、北側も挑発的な行動はやめないだろう。

  日本はアメリカの軍事的挑発や威嚇に賛同したり、アメリカを焚きつけるようなことはするべきでない。

  アメリカを説得し、北朝鮮を説得することに力を注ぐべきでないか。

  それにもう一つ。北の挑発に対しては日米韓で対処するといいながら、いまだに駐韓国日本大使を帰国させたままなのはどういうことなのだろう。安倍さんは大使を帰国させたという異常状態のままで、日米韓の協力が出来ると思っているのだろうか。

漢字改革60年

  漢字に見るべきは
    機能性だけに非ず
  
朝日のコラム

  昨年は中国の文化大革命50周年で、日本では新聞が特集を組んだり、NHKテレビが文革スペシャルを放送するなどいろいろ回想報道があった。また雑誌などでもジャーナリストや学者の回想や研究論文がたくさん発表された。そうした特集や放送を見、研究論文などをいくつか読んで改めて文革や中国のことを考えた。

  朝日コラム 昨年の中国と言えばもう一つ忘れられないものがある。漢字改革60周年である。私などにはいまだにしっくり来ないあの“簡体字”が、公布されてから60年なのである。

  朝日新聞の夕刊に毎月1回、「終わりと始まり」というコラムが掲載されている。お書きになっているのは作家の池澤夏樹さん。1月は「漢字の来し方行く末」と題して、中国の漢字簡略化について書かれていた。

  池澤さんは漢字の簡略化は伝統の断絶を招いたのではないか、人間のイメージと結びついていた表意文字として特性を失ったのではないか、「中国は拙速に走って何かを失ったような気がする」と、漢字簡略化に苦言を呈しておられる。

  しかし漢字の簡略化について中国でどんな論議があったか知らないと言い、タイトルには「漢字の来し方行く末」とあるが、結局漢字はどうなるべきなのか、どうすべきと思うのかについては全く触れられていない。要するに、中国の簡体字についてのちょっとした感想を書いたに過ぎないもので、読んで竜頭蛇尾というか、羊頭狗肉というか、とにかく物足りないな、と思った。


文字改革運動

  中国で漢字簡略化法が制定され、いわゆる簡体字が使われるようになったのは、冒頭に書いたように中華人民共和国建国後の1956年だが、漢字をどうにかしなくてはいかんという漢字改革についての運動は、20世紀初めから起こっていた。

  漢字は優れた表意文字で、何千年という長い歴史を持つが、形の複雑さと量の多さでこれを使いこなすのは容易ではない。したがって漢字を使って来たのはつい200年ほど前までは政治家、官僚、文人、学者などいわゆる社会の支配者層だけである。

  1920年前後から中国では政治変革、民主主義を求める運動が活発化し、五四運動、新文化運動が起こり、労働者、農民への教育の普及、大衆文化振興が叫ばれるようになった。その運動の一つに識字運動、文字改革運動があった。

  識字と言っても漢字を覚えるのは大変。康煕字典には4万2000字余りが収められているという。もちろんこれを全部覚えなければならんということでなく、漢字ばかりの中国でも日常使う分には2500字から3000字ほど覚えればいいのだが、それでも多い。子供に対する教育も読み書きばかりに時間と精力を費やして、ほかの勉強がなかなか進まない。漢字は教育のガンだ、だから文字改革も進めようというのが、文字改革運動で、戦後の日本でも同じような議論があった。


漢字廃止論

  文字改革運動の中にはかなり過激な提案もあったようで、民国初期の教育者、言語学者である呉稚暉は、漢字を廃してエスペラントを採用すべきと主張したという。

  銭玄同 また、1920年前後に活躍した言語学者で、新文化運動の先駆者である銭玄同は、新青年という雑誌に「中国の今後の文字問題」という一文を書き、その中でいろいろと漢字の負の面をあげたあと、「中国の文字は象形文字のなれの果てで覚えるにも書くにも不便である。字義から言えば意味があいまいで、文法もはなはだ精密でない。今日の学問上の応用からいえば、新学理、新事物の用語は一つとして持っていない。過去の歴史からいえば、千分の九百九十九が孔門の学説と道教の妖言を記述する記号である。こうした文字は、断じて二十世紀の新時代に適応することはできません。さらに私は大胆に宣言したい。中国を滅ぼすまいと願い、中国民族を二十世紀文明の民族たらしめんと願うならば、孔学を廃絶し道教を絶滅することが根本解決であり、そして孔門の学説と道教の妖言を記載した漢字文を廃止することこそが、根本解決中の根本解決である」と、ラテン言語への転換を大胆に提起している(白川静・文字講話Ⅳ)。
  そない漢字のことをボロクソに言わんでもええやろというほど激しい。

  作家・魯迅もまた漢字廃止論者である。

  「漢字とラテン化」と題する文章の中で、「たしかに漢字は古代から伝わって来た宝である。しかし我々の祖先は漢字よりもっと古い。だから我々は古代から伝わって来た宝だ。漢字のために我々を犠牲にするか、それとも我々のために漢字を犠牲にするか?これは心を喪った気違いでない限り、誰でもわかるだろう」と、ちょっとナンセンスな文を書いて、漢字廃止を主張している。

  魯迅 「漢字不滅 中国必亡」(漢字滅せざれば 中国必ず亡びん)ということばも残しているという。

  一海先生は魯迅のこの句を取り上げ、『この句は、皮肉にも「否定されるべき漢字」がもつ優越性、漢字の「対句」という表現形式がもつ美的優位性を、そなえている。・・・内容的にも文法的にも、文字数・音数的にも、シンメトリカルに構成された美的構成をもつ。表音文字では対抗しにくい、漢字・漢語特有の簡潔で刺激的な表現・・・』と皮肉まじりで評しておられる(一海知義著作集10)。

  新中国の牽引車だった周恩来首相も漢字の消滅を予測している。
  毛沢東主席も漢字の廃止を歴史の必然と考えていた。
  日本によく知られている郭沫若も廃止論を支持していいる。

  しかし、仮に廃止に向かうとしても一気に進められない。そこでまずは漢字改革ということで、新中国建国直後から中国で漢字改革が具体的に検討され、そして実施された。


コンピューターと漢

  簡体字が生活の中になんとか定着した1980年代になって、再び漢字廃止の声が高まった。原因はコンピューターの普及である。当時のコンピューターは情報処理能力が小さかった。漢字のような情報量の大きい文字はコンピューターには不向きとして、漢字のラテン語化の議論が再び起こった。しかし、コンピューターの技術的発展は世人の予想を超えた。

  北京外国語大学教授、同大学日本学研究センター主任、徐一平先生は、1980年代に神戸大学に留学され、博士号を取られた。いっとき、垂水の移情閣(孫文記念館)の中国語教室の先生をなさっていたことがある。私は移情閣の中国語教室でしばらく中国語を学んだが、残念ながら徐先生には教えていただかなかった。しかし先生の「漢字の未来」という講演を拝聴したことがある。

  徐先生は「現在科学技術の発展は非常に速い。これからの情報処理と情報通信の核となるであろうコンピューターの発展はとくに著しい。漢字はコンピューターに向かないからやめるべきという議論もあったが、その議論は時代遅れになった。今は文字がコンピューターに合わせるのでなく、コンピューターが文字に合わせる時代になった。情報処理の点から言えば漢字はなくならない」と、全く日本人と替わらないナチュラルな日本語で話されたのが印象的で、いまでもよく覚えている。


繁簡論争

  コンピューターの発展に伴い1980年代になってまた、「繁簡論争」も盛んになった。

  白川静 われわれは漢字について「書く」ということと、「読む」ということを行う。書くということに関して言えば繁体字より簡体字の方がいい。読んだり、認識するということで言うなら、区別性の高い繁体字の方が簡体字より勝っている。これを中国では「識繁写簡」と言っているが、コンピューター技術の発達によって、今ではパソコンでも簡単に繁体字が処理できるようになった。もう簡体字でもあるまい。民族の古典を読みこなし、民族の文化や歴史を理解する上でも簡体字をやめて繁体字に戻すべきという声がある。

  その一方で、文盲が亡くなったわけではない。また、子どもの負担を考えるなら基礎教育で簡体字を教える必要性はなくなっていない。子どもは大きくなり古典などへの要求が高まったら繁体字を学び、覚えるだろう。なぜそんなに早くから繁体字を覚えなくてはならないのか、という声もある(北京師範大学民俗典籍文字研究センター王寧 氏)。

  日本の文字学の第一人者、碩学、白川静先生は「文字講話」の中で、簡体字は造字性を失った意味不明の、識別しがたい字塊だと言い、古典教育がおろそかにされ、厖大な過去の遺産を置き去りにした。これでは古典に根差した教育、教養がはぐくめない。また、漢字はかつてはアジアの共通語としての役割をはたして来たが、ベトナムも朝鮮、韓国も漢字を離れ、中国も簡体字に変わり、その役割も失われたと悲嘆され、すべてを一度ご破算にして、本来の姿に戻すがよい、と繁体文字復活を提唱されていた。

   一海先生写真 一海先生は、簡体字が行われてすでに半世紀を越え、簡体字に違和感を覚えない人、簡体字しか読み書きできない人も多い。いまさら昔には帰れない。典籍、古典を言うなら、中国では論語も史記も、李白や杜甫などの漢詩も、三国志演義も簡体字で発行されている。また、乾隆帝の命で編まれた古典集「四庫全書」と、それに入っていない水滸伝などの古典小説を加えた「伝世蔵書」が簡体字で発刊されている。古典も簡体字で読めるのだから古典に基づく教育をおこなったり、教養を身につけたりするのに不便はない、と「漢字の未来」(一海知義著作集)に書かれている。


漢字の美

  私は簡体字については、基本的には一海先生のおっしゃる通りだと思うが、加えて一つ言いたいことがある。

  漢字には情報伝達手段としての役割のほかに、忘れてはならないもう一つの役割がある。「書道」という美術、芸術の世界がある。墨を使う芸術として書道(中国では書法という)は、絵と同じ領域にある。中国では古来「書画一体」なのである。

  美としての漢字には何千年という歴史がある。白川静先生は甲骨文字の中にも書としての美しさがすでにあると書かれている。

  簡体字は残念ながら書の芸術としての域には達することが出来ない。要するに美しさに欠ける。繁体字の書のような高い精神性を持つ美は生まれないように思う。

  繁体字をおろそかにしてはいけない。

  漢字に見るべきは機能性だけに非ず。私はそう思う。

新千歳空港の騒動

  嘲笑は嘲笑を招く
    報道の本道に帰れ

 中国人大暴れの報道

  昨年末、テレビや新聞で、新千歳空港で多数の中国人が飛行機に乗せろと大暴れをしたという報道があった。

  新千歳1 新千歳空港では12月22日、大雪で航空便が相次いで欠航した。そのため帰国する飛行機に乗れず、24日まで空港で待たされた中国人乗客100人余りが腹を立て、国際線の搭乗口前で騒ぎ出した。一部は搭乗口のゲートを勝手に越え、制止しようとした空港職員や警察官ともみ合いになって、空港の女性スタッフが押し倒されるという騒動があったという。

  テレビではニュース番組だけでなく、ワイドショーなどでもこれを取り上げ、“中国人が騒いだ”というところだけが面白おかしく紹介された。

  報道には4W1Hが大切だと言われる。報道の在り方としては、中国人が騒いだという事実とともに、なぜ騒いだのかということも合わせて報道すべきだろう。新千歳空港中国人大騒ぎの報道の多くには、そこのところが抜けていた。


ニュースバード

  ただ、12月27日のテレビ朝日“羽鳥慎一ニュースバード”だけは少し違った。騒動が起こったということだけでなく、なぜ中国人が騒いだのかという問題の背景を簡単だが紹介していた。

  新千歳2 ニュースバードは、新千歳空港の関係者が言うところによると、とことわった上で次のように伝えた。

  22日の便が欠航となり、中国人乗客は翌日の便のため空港で寝泊まりをしていた。ところが、翌日になっても、当日便の乗客が優先されて、中国人たちはキャンセルが出るまで乗れないと告げられた。さらに24日になってもなお飛行機に乗れず、その結果、不満が爆発して騒ぎに発展した。

  この騒動について羽鳥慎一さんは、「キャンセルが出なければ乗れないというのは当たり前で理解できるが、一方で、空港の椅子で寝るのは大変で、あとから来た人が搭乗してしまうと頭に来る気持ちも分からなくはない」と言い、コメンテーターの青木理さんは、「次の便にはキャンセル便の客を優先して乗せて、本来の予約客はまた次の便にという順にしないと。(前の日から待っていた人が)怒るのも分かる」と言う。同じくコメンテーターの玉川徹さんは、「事前に予約していた人の立場からすれば、キャンセル待ち客を優先するとまた不満が出るのではないか」と反論し、「アメリカの航空会社ではよく、予約していた人に待つ間の宿泊などの便宜を図る代わりに、(前の日から待っていた人のために)予約変更してくれないかと募ることがある」と言った。もう一人のコメンテーター菅野朋子さんは、「普通は代替便が出たり、ほかの航空会社とのシェアがあったりということをやるのではないのかと思う」と言われた。


騒動の理由

  そこでネットで少し調べてみたら、次のようなことが分かった

  12月22日、中国人のみなさんは帰国のために出国手続きを終え、搭乗口フロアで飛行機に乗るのを待っていたが、大雪のため予定の飛行機は欠航になり、その場で待機となった。そしてそのまま24日までそこで待たされ2晩過ごした。暖房は効いていただろうが硬い椅子の上やフロアで夜を過ごし、昼間も退屈な時を過ごしたに違いないと想像できる。食べ物、飲みものはフロアにあるお店で買ったようだが、空港だから疲れを取るような食事を十分に、とは行かなかっただろう。手持ちのお金が底をついた人もあったようで、とにかくみなさん難儀をされたようだ。それでかなりイライラされただろう。

  さらにもうひとつ、滑走路が使えるようになって国内線の便が出発しはじめ、国際線も次々飛びはじめた。ところが待機している皆さんには一向に声が掛からない。後から来た人が次々搭乗して出発するのを見ながらそのままずっと24日夜まで待たされた。それで益々イライラがつのって爆発した。そこに至るまでの間には空港職員ともいろいろやり取りがあったにようだが、納得できるような応対はなかったらしい。

  以上をまとめて見ると・・・

  (1)多数の中国人乗客が、22日、23日、24日の3日間、空港の出国搭乗口フロアで足止めされた。

  (2)それらの人は食べもの、飲みものが充分でなく、その上しっかりと睡眠できない状況で3日間過ごした。

  (3)国内線が次々出発するようになり、また国際線も順次飛び始めて、自分たちより後に来た人が搭乗し、出発して行った。空港スタッフは当日便を優先すると言った。

  これでは自分たちはほったらかされていると思っても無理はないだろう。

  一部で暴力をふるった人もあったようで、とにかく大騒ぎをし、空港職員や警官と揉み合いをしたのはよくないことだが、ほったらかされた中国人のみなさんが怒ったのを一概に非難できない。


空港、航空会社、入管の責任

  ネットで調べてみると、次のような問題点を指摘しているものがいくつかある。

  乗客はすでに出国手続きをして搭乗フロアに出ているのだから、入管の許可なしにはホテルなどまともなところで夜を過ごすことも、ちゃんとしたレストランを探すこともできない。待機が長期になるなら入管がしかるべき配慮と処置をするべきでなかったのか。あるいはまた、空港と航空会社は当日便予約客優先でなく、待機者も順次出発できるように努力し、処置すべきではなかったのか。

  私もその通りだと思う。要するにこの“大騒ぎ”には乗客だけに問題と責任があるのはでなく、むしろ待機乗客を不安といら立ち、怒りに追い込んだ入管、空港、航空会社の責任が大きい。


反中の意図まる出し

  そして日本のマスコミの報道について言えば、“いずみ鉄道 社長ブログ”というブログが、『「また、中国人か」「中国人はどうしようもない」、そういう世論狙いの報道だと思います』と言っているが、私はその点も同感である。

  新聞やテレビの記者は、空港側か警察か知らないが、取り締まった方だけの言い分を聞き、騒いだ側の言い分を聞いたり、原因を調べたりせずに記事にしたのか、あるいは騒いだ側の言い分も聞き、実情も調べたけれどそれを無視して記事にしたのか、要するに一方的で、客観性のない報道である。

  どう見ても、自分勝手でマナー知らずの中国人がまた問題を起こした、という印象を振りまこうという報道側の意図が透けて見える。

  その点で、マスコミの態度も追及されなければならないと思う。


権力にべったり

  話は飛ぶようだが、最近のマスコミの権力に対する卑屈、べったり、権力側の情報をそのまま垂れ流す横着は目に余る。

  例えば、権力の側が土人などという差別表現を使い、またそれを擁護する政治家がいても、あるいは白紙の領収書で不正に政治資金を処理していても、さらに米軍の言うままになっている政府の卑屈な態度についても追求しない、批判しない、いやむしろ美化する。日中、日韓、日ロ外交の失敗、北朝鮮拉致問題の実質的放置など安倍外交の失敗も、見て見ぬふりどころか美化して支える、という有様である。

  反中報道も政治権力べったりの態度から出たもので、「新千歳空港の中国人大騒ぎ」という、マスコミ大報道もそういう報道姿勢の延長線上にある。


M・ストリープさん

  アメリカの女優、メリル・ストリープさんが、ゴールデングローブ賞の授賞式のステージで、トランプアメリカ次期大統領が、障害を持つ記者の真似をして彼を嘲笑したことを批判するスピーチをされたのを、テレビのニュースで見た。

  M・ストリープ 感動した。

  ストリープさんはそのスピーチの中で「軽蔑は軽蔑を招く、暴力は暴力を呼ぶ」と言い、「権威をもつメディアが力を持ち、目に余るような権力の行動と闘うことが必要」とおっしゃった。  私は、それはまた日本のマスコミに今一番言いたいことだ、と思いながら聞いた。

  中国人を嘲笑すれば、われわれも中国人に嘲笑されるだろう。

  権力への批判を放棄し、権力におもねり、権力が流す情報に頼り、それをそのまま報道することは報道の本筋から外れているばかりか、自殺行為であると、日本のマスコミ関係のみなさんは自覚しなければならない。

  マスコミは民衆の立場に立ち、平和と友好のための報道するという本道に帰るべきではないか。


             (新千歳空港の写真は日テレニュース画面から転用)

漢詩放談

  虚飾を捨て  
    短い言葉で言い尽くす

  一海先生がお亡くなりになってもう1年が過ぎた。

  漢詩放談2先生の一回忌に合わせて藤原書店から、≪漢詩放談≫という本が出された。
  先生の「単行本や、一海知義著作集に未収録の随筆集で、漢詩にまつわるものを集成した」本だと出版社は言っている。

  すぐアマゾンに注文した。翌々日に届いた。

  話は横道にそれるが、以前、本は専ら明石駅の南側、国道2号線沿いにあったジュンク堂で買った。しかし、3年ほど前、駅前開発でジュンク堂がなくなってからは、本を買うのはほとんどアマゾンである。本屋に行かず横着ができるという利点のほかに、書架を見ている内についつい予定外の本を買ってしまうということが起きないので、無駄遣いせずに済むという利点もある。

  とくに本屋に行かずに本が買えるというのは、駅前行きのバスの停留所が遠い田舎に住んでいる、足腰の弱くなった年寄りには重宝なことで、随分お世話になっている。

  しかし本音を言えば、やはり本屋さんに行って本を手に取って選びたい。ずらりと本の並んだ書架の間をうろうろするのは、宝探しに似たワクワク感があり、時には思わぬいい本に巡り合えるという喜びもある。

  明石駅前開発もほぼ終わり、37階建てマンションと、それにくっついたきれいな6階建ての複合施設のビルが出来た。新年1月にはジュンク堂が戻って来るという。新聞の地方版によれば明石市立図書館もそのビルに入るということで、楽しみである。


改めてまた読むと新鮮

  長い寄り道になった。話を本題に戻す。

  さて≪漢詩放談≫だが、六章になっていてその第一、第二章は“漢詩放談”。漢詩入門や、漢詩とは何か、漢詩の対象は何か、漢詩の表す世界はどのようなものかなど漢詩を読み、鑑賞するためのイロハ、ノウハウを書いた先生の随筆や、講演録である。

  中国の詩、詞、文章についての知識がほとんどなく、武骨、無粋に生きて来た私などにもよくわかるように、噛んで含めるように解説されたものばかりである。

  最もこういう初心者向けの先生の随筆や講演は、もう数えきれないほど読み、あるいは拝聴して来たが、根が物覚えが悪いというか、そもそも初めから頭に入っていないというか、そういう私にとっては何度も目にし、耳にしたことなのに改めて読むとその都度新鮮で、感動する。


漱石と漢詩

  この本にはまた、陶淵明、陸游、夏目漱石、河上肇の漢詩についての随筆、講演録が収められている。

  その中で私がとくにひかれたものは、「漱石札記」である。

  “札記”などということばはあまり聞きなれないものだから、何だろうと思われる方もおられるかも知れない。中国語では“読書の覚書”すなわち“読書ノート”のことを“札記”という。

  ところで、夏目漱石はことし没後100年である。朝日新聞はかつて漱石が席を置いていた会社だからとくに力を入れて、今年の初めから漱石を盛んに取り上げ、その作品の連載もしている。12月9日、漱石の命日には“天声人語”も取り上げていた。もちろんこの本はそういうことを意識して上梓されたのではないだろう。

  その朝日もあまり取り上げていないが、漱石は漢詩をたくさん作っている。それも中国古典文学の第一人者、一海先生が「ずば抜けて立派」と絶賛されるほどの詩である。


なぜ漢詩なのか

  漱石はなぜ漢詩を作ったのか。一海先生は、漱石が『明暗』を書いていたとき久米正雄、芥川龍之介に送った書簡の中に「(明暗を)書いていると大いに俗了された気分になりますので三四日前から午後の日課として漢詩を作っています」と書いているところを指摘して、「俗了された気分を癒す」ために漢詩を書いていたと言われている。

  俗化された気分を癒すための方法がなぜ漢詩作りなのか。

  この本の漱石札記の後ろは、河上肇の漢詩について書かれたものだが、河上肇もすばらしい漢詩を詠んでいることが紹介されている。河上肇は漱石より干支で言えば一回り下。同じ世代の人である。一海先生は漱石の友達の正岡子規も、小さい頃は漢詩を書いていたということをあげ、明治の初めに少年時代を過ごした人は漢詩、漢文を読み、また書く状況下にあった。当時の朝日新聞には漢詩の投稿欄もあったと書いておられる。しかも漱石は漢文専門学校の二松学舎に通って学んでおり、そういう環境の中で漢詩、漢文の素養を蓄積したようだ。

  そうして蓄えた素養が、気分転換の方法として漢詩作りに向かわせたのだろう。

  しかし、漱石の漢詩作りの理由はそれだけではない。「漱石にとって漢詩というのは、手慰みというものではなかった。片手間にやる仕事ではなかった」「彼自身の思想感情というものを表現する上で、最も有効な手段であった」と、一海先生はおっしゃる。そしてこうもおっしゃっている。

  「河上肇がいっているんだけれども、我々の世代のものは、漢詩漢文という表現方法をとらないと表現できないような、特殊な思想的感情がある。そういう思想感情は、漢詩という表現手段によらないと表現できない、日本語の散文では書けない、という習性が身についている。漱石にとっても、最も自分の気持ちを書き表すことができるものが、漢詩という表現手段だったわけです。漱石は一生、人間の問題に苦しむんですが、憂愁という気持ちを表現するのに最もふさわしいものが漢詩だったわけです」

  俗世間の塵にまみれた状況から抜け出して精神を開放するような、そういうものが漢詩にはある、というのである。

また漢詩は、「短い言葉の中に、多くを表現するもの」と言い、さらにまた、「詩というは花鳥風月を詠むのものだと考えている人は少なくないわけだけれども、中国の伝統的な考えでは、人間の思想ですね、志を述べるのが詩であると言われている」とおっしゃっている。

  虚飾を捨てて、心の内を短い言葉で言いつくす。漢詩というものの本質がこれだなと、漱石札記を何度も読み返して思った。

  また、中国では古今、優れた政治家は同時に優れた詩人であるという例が多い。漢詩は思想、志を述べる詩だという指摘を見てそのわけが分かったような気がした。


中国への敬意

  もう一つ見落とせないことがある。

  一海先生は、「漢詩に対する漱石の傾倒と成果は、単に彼の趣向と才能によるだけでなく、根底に、中国文化、中国人への敬意があっただろう」とし、漱石の日記の次の一節をあげ、その証左としておられる。

  「日本人ヲ観テ支那人ト云ワレルト厭ガルハ如何、支那人ハ日本人ヨリ遥カニ名誉アル国民ナリ、・・・日本ハ今迄ドレホド支那ノ厄介ニナリシカ、少シハ考エテミルガヨカラウ、・・・世話ニナッタ隣ノ悪口ヲ面白イト思ッテ自分方ガ景気ガヨイトイウ(西洋人ノ)お世辞ヲ有難ガル根性ナリ」


 漱石のこの指摘はそのまま今の日本でも言える。

津川知久さん

  ところでまた話が横道にそれるが、来年7月に行われる兵庫県知事選挙に立候補されるという元兵庫労連議長の津川知久氏が、フェイスブックで『漢詩放談』を買った、私は一海先生のファンだ、と表明されている。

  一海先生のファンに悪い人はいない、と私は思っている。津川知久氏にはがんばってほしいものである。
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神戸生まれ、神戸育ち。おとこ。
第二の故郷は中国・西安。

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