fc2ブログ

四字熟語

四字熟語の口

 古い話だが、お相撲の2代目貴乃花は大関昇進、横綱昇進の伝達式で、「不撓不屈」「不惜身命」ということばを使って受諾口上を述べた。

 お兄ちゃんの3代目若乃花も「一意専心」「堅忍不抜」という四字熟語を使った。

 四字熟語はお二人の師匠、藤島親方の好みであったのだろう。重量感のある口上だった。それにしても「不惜身命」「堅忍不抜」は日頃余り目にも耳にも口にもしないことばである。

 この二つのことばだけでなく、そもそも四字熟語は固く、重く、よそ行きの感じがし、話も文章も軽く分かりやすいのが好まれている最近は、余り使われない。それだけに藤島部屋の口上は世間に注目された。


四字熟語のない談

 先だって安倍首相は世界の意表をついて突然靖国神社を参拝された。参拝のあとに談話を発表されているが、それを読んで一番に感じたことは分かりやすいな、ということである。

 断っておくが、分かりやすいということは納得できたということではないし、内容がよいということでもない。

 安倍さんの談話は平易で、漢字の言葉が少なく、軽い。私が目指している文章である。

 この談話には「国際協調」「友好関係」ということばがある。四字熟語を、複数の言葉4文字がくっついているもの、という広い解釈をするなら、これらのことばも四字熟語になるかもしれないが、故事、典籍にもとづく、そして寓意を含んだ4文字の慣用句、という意味に限定すれば、安倍さんの談話には四字熟語はまったくない。だから平易で軽く感じるのだろう。


四字熟語の多い談話

 安倍さんの靖国参拝には、中国は直ちに楊潔チ(チは竹カンムリ、雁タレに虎)国務委員、王毅外相、華春瑩報道官、秦剛報道官のみなさんが談話を出したり、記者会見をしたりして強烈な抗議と激しい非難を行なった。

 みなさんの話された内容はほぼ同じである。そのくわしい内容には触れないけれど、いずれにも四字熟語がたくさん使われている。

 皆さんの談話や会見で使われた四字熟語は、中国人にとっては学校で習い、あるいは日頃の生活の中で使い慣れたことばだろうから、耳にし目にしてすぐ分かるのかも知れない。だから楊国務委員他みなさん、躊躇なくお使いになっているのだろうが、そういうことに慣れていないというか、知識が余りない私などは、聞いてすぐ分からないばかりか、談話を文章にした新聞記事を読んでもなおわからないものもあった。

 使われた四字熟語を数えてみたら22個あった。

 大是大非、所作所為、執迷不悟、自相矛盾、蒼白無力、不値一駁、一意孤行、孤家寡人、走回頭路、陽奉陰違、顛倒黒白、混淆視聴、揚幡招魂、丑悪嘴臉、 直言不諱、暴露無遺、陰魂不散、賊喊賊捉、改弦易轍、以史為鑑、奉陪到底、倒行逆施、である。

 分からないものは辞書を引いたので、いまは全部わかっているが、手間がかかって大変だからその一つひとつの説明は省く。

 そのほか“得道多助 失道寡助”(道理を得れば多くの支持を集め、道理を失えば支持は少ない)ということばも使われている。


寓意、余韻

 四字熟語を使うと話や文章が固くなる、重い感じがするとはじめに言ったが、一方で四字熟語は表現の印象を柔らかくしてくれる。

 たとえば「安倍首相は自分の非を認めない頑迷な人である」というより「彼は執迷不悟」というほうがあたりが柔らかい。「変節」というより「改弦易轍」と言ったほうが直接的でなく穏やかである。 また、話や文章にふくらみが出来、余韻が残る。

 中国の政治家や各界の指導者の談話、あるいは演説の中には四字熟語、俗諺、ことわざ、故事がふんだんに使われる。江沢民さんはとくにそういう傾向が強かった。

 えらい人の演説だけでなく、中国では市井のおじさん、おばさんの話の中にも故事、典籍にもとづくことばや、講談や歴史物語本の中に出てくることば、さらには“歇后語”(シエ ホウ ユイ)というのがよく出て来る。

 歇后語というのは判じ絵、判じ文字の類で、判じことばと言うべきものである。たとえば“白毛烏鴉(白い毛の鴉)”と言えば“人とは違う”という意味を表す。“抱木頭跳江(木を抱いて川に飛び込む)”と言えば“不沈(沈まない)” 。“沈”“成”が同じ発音なので“不成(成就しない)”、ということをいう、というようなものである。

 日本でもこうした判じことばはたくさんある。

 私の母親は私に、「あんたは今晩は勉強する、明日からはきちんと勉強するとよう言うけど、遊んでばっかしで勉強したためしがない。ほんまに“風呂屋の釜や”」とよく言っていた。要するに“湯ばっかり(言うばっかり)”ということだが、こういうものは中国の歇后語と同じ判じことばであろう。


外国語上達の必須

 中国人と中国語で会話するには、語彙や文法や発音を覚えるだけではだめだと思う。こういう四字熟語、俗語、ことわざ、歇后語を理解し、覚えなければならない。

 最もこれは中国語だけでなく日本語もそうだし、英語他の外国語学習すべてそうである。ことばは文化によって生まれ、磨かれ、変化するものだから、その国の文化を理解しなければ習得できないのである。

 中国語を学んでいる者として、その学習に箔をつける意図があって言うわけではないし、上達しない言い訳で言うのでもないが、中国は長い歴史と豊かな文化を持つ国である。中国語はその上に成り立っているので、幅広い勉強が必要。中国語を習得しようと思ったらまあ大変である。


創作四字熟

 創作熟語というか改作熟語というのか、ユーモアあふれる四字熟語のパロディが最近流行っている。

 12月19日の朝日新聞天声人語が創作四字熟語を取り上げ、自作を紹介していた。
「全面公伏」、特定秘密保護法を自民党と一緒になって国会を通した公明党を皮肉ったものである。もとの熟語は“全面降伏”である。思わずうまい、と言った。

 日頃は実に傲慢なくせに、支持者に無利子、無担保、無期限の、5000万円ものお金の提供を受けて、支離滅裂な説明を続けた猪瀬都知事を言った「知事滅裂」。うまい。

 住友生命が毎年創作四字熟語を公募している。今年の優秀作品の内私が気に入ったものを挙げるとひとつは「景色朦朧」。中国の大気汚染を言ったものだと思うが、こういうところにいると確かに“意識朦朧”になるだろう。

 もうひとつは「凍庫写寝」。ことし、アルバイト先のお店の冷蔵庫に入って寝たり、商品の上に寝たりした悪ふざけの写真を、インターネットに乗せて流すことが流行った。その“投稿写真”を皮肉ったものである。なるほどと納得する。

 そのほか優秀作品に選ばれたものではないけれど「危雨増大」「衆電監視」が気に入った。「衆電監視」はアメリカ政府などのネットや電話の盗聴を言ったものだろう。

 ずっと以前に発表されたものだが、私が心から納得し、気にいっているのは次のものである。

 「苦労長寿」

 切実にそう思う。

 秦始皇帝は“不老長寿”の薬を求めたというが、現在の日本の様子を見たら考えを変えたかも知れない。
スポンサーサイト



防空識別圏

4・1海南島事件

 2001年4月1日、中国海南島東南110kmの中国領空にアメリカのEP-3型偵察機が進入、直ちに中国海軍航空部隊の殲8型戦闘機2機がスクランブルした。

 不幸なことにスクランブルした戦闘機の1機がアメリカの偵察機と空中衝突して墜落。パイロットの王偉少佐はパラシュートで脱出したものの海に落ちて行方不明。アメリカの偵察機は海南島の飛行場に緊急着陸した。

 中国では“4・1海南島事件”と呼ばれている航空機事故である。

 王偉2 前々年の1999年、ユーゴスラビアでコソボ紛争が激化。アメリカもこの紛争に参戦した。その戦闘の中でベオグラードにあった中国大使館を爆撃した。アメリカは誤爆だと謝罪したが、当時はブッシュ大統領が中国敵視政策を進めていたこともあって、中国は意図的な攻撃であると国を挙げて激昂、中国の大都市では反米デモが渦巻いた。
近々にそういうことがあったあとだから“4・1海南島事件”は米中間にきわめて不穏当な状況を生み出した。

 亡くなった王偉少佐は英雄と崇められて、4月24日には追悼大会がひらかれ、当時国家主席だった江沢民さんも参加された。江主席が王偉さんの幼い遺児を抱き、夫人の阮国琴さんの手を硬く握ってお悔やみをいうところが新聞、テレビで何度も繰り返し報道され、国民の涙を誘った。

 当時私は西安で勉強をしていて多くの若い中国人学生と付き合っていたが、それらの学生たちが入れ替わり立ち代り私の部屋に来て、口々に激しくアメリカを非難し、中にはこの際一戦交えてアメリカに思い知らせてやらなければならない、などと息巻く学生もいた。

 事件の方は米中とも冷静になって軍事衝突は避け、アメリカが領空進入と海南島への緊急着陸を謝罪し、中国は偵察機の機体と乗員をアメリカに返して解決した。

 11月23日に発表された中国の東海防空識別圏設置を新聞で見て、まず第一に“4・1海南島事件”を思い出した。

 思うに、もし東海防空識別圏の中で同じようなことが起こったら、日中間では、激昂しながらも冷静な解決をした“4・1海南島事件”のようには行かないような気がする。

 なぜなら中国の最近の強烈な大国意識、とくに日本に対する強引な態度と、戦争好きで、着々と戦争準備を進める安倍さんの偏狭な姿勢を考えると、双方とも軍事衝突を避けようという冷静な解決は出来ないであろうと思う。


東海防空識別圏

 東海防空識別圏3 中国の東海防空識別圏の設置を不当だとか、撤回せよとかいう論調が日本では主流だが、本来防空識別圏は自国や自軍の防衛を効果的に進めるために設定しているものである。もともとはアメリカが発想し、実施したものだそうだが、中国だけに設定自体をおかしいとか撤回せよというのは理屈が通らない。中国や韓国の近くに設定されている日本の識別圏ももともとは米軍が定めたものを受け継いだもので、中国の了解を得たものでないだろう。

 日本の識別圏が設定された当時は、中国は発展途上で経済的にも、軍事的にもアメリカや日本と対等にものが言えなかった。だから黙認せざるを得なかった。しかし近年は力がついて来て、対抗意識を出して設定したのだろう。日本やアメリカから言えば身から出た錆のようなものである。

 ただ、とはいえ今回の設置にはひとつ問題がある。

 防空識別圏に入るすべての航空機に中国外交部、あるいは民間航空局へ飛行届けを出しなさい(東海防空識別圏航空機識別規則公告2ー1)、出さなければ武力でこれを制御する緊急措置を執る(同公告3)と厳しい規定があることである。

 まるで領空並みの要求である。

 少なくともこれは変えてもらわなければならないだろう。


石を投げて・・・

 最近の、中国のむき出しの大国意識は少々気になる。空母を作ってうろうろさせたり、周辺各国と海域を巡って次々と揉めごとを起こしたりしている。とりわけに尖閣を巡っては、海から空へとさらに手を広げて揉めごとが生じる場と機会を広めている。

 11月中旬に行なわれた中国共産党3中全会で、「国家安全体制と国家安全戦略を完全なものにして、国家の安全を確保するため」として国家安全委員会が作られた。いままでは軍、外交部、公安、海警局などがばらばらに動いていた対外戦略、対外政策、テロ対策などを、統一して戦略を練り、方針をつくろうというもので“中国版NSC”といわれている。
 東海防空識別圏については中国軍部が10月頃から具体的に設定を計画していたようで、設定の公布も国防部がしているが、実際は新設の国家安全委員会の初仕事だろうという。

 中国はなぜ今この時期に東海防空識別圏を設定したのかは、すでに多くのメディアや識者が言っておられるように第一は尖閣列島問題への牽制、第二は日米同盟への牽制だろう。
 
 中国のメディアも今回の設定は“石を投げて深さを測る”ものだ(観点中国2013・12・5)と言っている。

 とくに日本の反応が見たかったのだろう。

 国家安全委員会の初仕事が日本に対する牽制、というのは日本人としては余り言い気分でない。

 かつて中国は大国の野心や力づくの横暴に苦しんでいた植民地や発展途上国の側に立って大国に対抗し、平和五原則、平和十原則を掲げて闘って来た。いまの中国にはその面影すらない。地下の周恩来さんも情けない思いをしているのではないだろうか。


中国孤立化に邁進

 一方日本政府、とくに安倍首相について言えば、これまた戦争願望の塊のような人である。
内に向かっては安全保障会議設立、特定秘密保護法実施、武器輸出禁止の実質破棄、自衛隊の強化、集団的自衛権の実施、そして行く行くは憲法9条破棄、国防軍明記をはじめとする憲法改悪などなど正に“戦える国”づくりに邁進しておられる。

 ASEAN2
 外の向かってはまずは日米同盟強化、第二には人権、民主義を共有する国と協調しようという価値観外交。

 価値観外交なるものの実態は、反中国包囲網作り外交、中国孤立化外交である。

 安倍さんほど外国にしょっちゅう行かれる首相はいなかったのではないか。そのすべてとは言わないが、ほとんどは中国孤立化旅行である。

 とりわけASEAN諸国に対しては熱心で、しょっちゅう東南アジアをうろうろして、ODAや経済援助を梃子に中国との間に楔を入れようと一生懸命やっていらっしゃる。ODAについて言うなら5年間に2兆円出すという。
そんなお金があるなら国内の年金や子育てへまわせ、と言いたくなる。

 先だってもASEANの会議に出て中国の東海防空識別圏を非難し、それに対する反対の共同行動を提案なさった。

 しかし肝心のアメリカは中国に抗議はするものの反中国包囲網には入らない。韓国をはじめASEANの多くの国も入らない。

 ASEAN諸国と中国との関係は、日本との関係より強い。経済関係も固く、強い。2020年にはASEAN諸国と中国の貿易額を1兆ドルにするという。
ASEAN諸国の総意は日中関係の改善であり、反中国包囲、中国孤立化には反対なのだ。

 こういう状況を見れば、中国よりむしろ日本の方が孤立化しはじめている。


武力では解決不可能

 国同士で問題やもめごとがあれば、まず第一に両国が積極的に話し合い解決の方法を探る。常識である。それをせずに隣近所ばかりか遠くの関係ない人のところにまで行って相手の悪口を言い、味方になってもらおう、すなわち人さまの力で片をつけようというその姑息で、腰の引けたやり方では解決できるわけがない。

 安倍さんは、国土は1センチたりとも譲らない、とおっしゃる。それはそうだろう。しかし領土を譲らないということと、話し合いまで拒否することとは同義ではない。自国の領土に異議を唱える国があるなら、それは違うと異議を唱える国を説得しなければならない。

  武力で国際紛争を解決したり、自らの欲望を実現したりすることは不可能、ということはさきの15年戦争における日本軍国主義者たちのおろかな例を引っ張り出すまでもなく、安倍さんの大好きなアメリカの、近年の紛争介入の歴史を見ればよくわかるだろう。

 撃てば撃たれる。撃つことだけ考えるのでなく、撃たれることにも思いをいたさなければならない。ひとりの国民も撃たれて苦しみ、あるいは命を落とすことがあってはならない。それを第一に考えるのが政治ではないか。為政者の務めではないだろうか。


日本的思想

 話し合いで国を守る、それが大きな犠牲の上到達した日本的思想であり、日本的知恵である。

 いつまでも“尖閣には領土問題はない”などと現実に目を背け、“殴られたら殴り返してやる”と、殴られるのを待っているような態度は改めなければならない。

 えらそうに言っているけれど、中国は本当は日本と仲良くしたいと思い、願っている。長くなるので書かないけれど、それを証明するものはたくさんある。今の中国のやり方は“つっぱり”であろう。大国主義的な発想や政策でつっぱっているその態度を改めさせるためにも、尖閣をテーブルの上に載せ、説得の話し合いを進めるべきではないのか、安倍さん。


                                   註
                                   防空識別圏の図 RadioFreeAsia 
                                   朝日新聞 2013・12・14

太極拳(剣)実感

早朝のお勤め

 家の近くに幅100mほどの小さな川があり、その川の土手につながってJAの駐車場がある。夏は盆踊りをしたり、秋は模擬店のテントをたくさん並べて収穫祭をしたりするほど広い駐車場である。
太極拳22
 私は毎朝暗い内からそこに出かけて太極拳をしている。

 朝はJAのクルマが2台置いてあるだけで何もない。そのだだっ広い駐車場の真ん中で、ひとりで太極拳をするのである。

 爽快で、こんな贅沢な空間で太極拳をやっているのは日本でも私一人だろう、と偉くなったような気持ちになる。

 年中、日の出の50分くらい前に家を出て、太極拳をして日の出を拝んで帰って来る。ざっと小一時間のお勤めである。

 もう何年も続いていて、われながら“殊勝なことである”と思う。


太 極 剣

 毎朝のお勤めの段取りだが、まず準備体操をし、それから練功十八法という中国の運動をして、その後、太極拳に入る。

 何式の太極拳をするかは気分次第で、最近は32式太極剣と42式太極剣をしている。

 ずっと前から太極剣のBGMがほしかったのだがなかなか手に入らなかった。それで太極剣は長い間していなかった。今年9月に日中友好協会姫路支部のツアーのお供をして中国に行った。出発前に太極剣のBGMを思い出し、今度行ったときに買って来ようと思ったが、勝手にツアーを離れてひとりでうろうろするのは気が引けるので、行く前に、上海の娘にBGMのカセットテープを買って西安のホテルまで送ってくれるよう頼んだ。娘は申し付けどおりに買って、しかも西安までもって来てくれた。それでこの秋から、部屋の隅で埃を被っていた剣を引っ張り出し、毎朝振り回している。


技を知る

 太極拳は世界で最も広く行なわれている健康体操だそうである。

 たしかに小さな空間で、道具がなくても出来るし、中には88式などという長いものもあるけれど制定太極拳は総じて短くて簡単。しかも集団でもひとりでも、若い人もお年よりも出来る、しっかり続ければそれなりのいい効果も出るという便利で重宝なスポーツである。

 太極拳12
 しかし、簡単といっても元来は武術だから、根はきちんとした理屈と所作があり、その理解と、正しい実行が要求される。はじめの内はそんな小難しいことは考えなくてもいいし、要求もされないけれど、上手になってくれば段々そういう境地に入る。

 32式太極剣は所作が32通りあるのでそう呼ぶが、剣の扱い方、すなわち剣法を言えば13通りである。やっていない人はたった13か、なんだ簡単だなと思うかもしれない。しかしそうでもないのである。

 同じような動作に違う動作名がついているものがある。名前が違うということは違う動作だということだが、はじめの内はその違いが分からなくて同じようにやっていた。

 たとえば“点剣”と“劈剣”である。いずれも剣を“上から切り下ろす”。もうひとつ“撩剣”と “攔剣”。どちらも “下から切り上げる”。

 同じようにやっていたが、技が少しずつ円滑に出来るようになって来るにつけ、その違いが気になりだした。

 私の太極剣は、西安でしかるべき老師に手を取って教えていただいたものである。老師はそういう違いはきちんとお教えくださっているに違いないが、何分その時分は動きを覚えることに精一杯だったからお教えくださったであろう理論や、技の狙うところあるいはその意味するところなどはまったく耳に入らなかった。それで慌てて今更ながら書店に走って解説書を買って来て読んだ。

 その解説書によれば“点剣”とは、「虎口と反対側の剣先部を用いて上から下へ切り下ろす。力は剣先に達し、手首は上に曲げる」ことであり、“劈剣”とは、「立剣で上から下へ切り下ろす。力は剣の刃に達し、腕と剣は一直線になる」ことであるという。同じような動作に見えても“点剣”は気を“剣先”に集中する、“劈剣”は気を“剣刃”それも剣身の先から三分目くらいのところ、野球でよくボールをバットの芯に当てるというが、その“芯”に当たるところだろう、そこに集中する。

 では気の集中の違いをどう表すかといえば“手首”の動かし方である。剣を振り下ろすという同じ動作でも手首の動かし方で違いを表す、違いが出る、こういうことがやっと分かった。

 ついでに記すと“撩剣”は「下方から前方へはねあげ、力は剣の刃前部に達し」、 “攔剣”は「相手の剣を下から上へと防ぎとめる、力は剣身の刃の中部に達する」、という。


技の名称を覚えること

 先に書いたように太極拳をなさっている方々から、そんな七面倒くさいことを考えなくても太極拳や太極剣はできる、といわれるかもしれない。確かにそうだし、多くの人が小難しい理屈など考えずにしていらっしゃるだろうと思う。それはそれでいいとは思うが、出来ればきちんとした理論と作法に基づいでした方がよりいい効果が出てくるだろうし、何より上達が速い、のではないだろうか。

 また上達してくると自然にそういうところへ気持ちも向いて来る。

 太極拳初心者のくせに不遜なもの言いで、われながら口幅ったいと思うが、ひと言言わせてもらえば、太極拳上達の鍵は動作の名称は必ず中国語で覚えること、そしてそれをしっかり理解することではないか、と思う。

 

最新記事
プロフィール

yuzan0305

Author:yuzan0305
神戸生まれ、神戸育ち。おとこ。
第二の故郷は中国・西安。

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR